大学のレポートを書くとき、参考文献を探し、書いた内容の根拠を確かめる。弁護士や税理士の仕事でも、この「調べて確かめる」作業が欠かせない。Thomson Reuters(トムソン・ロイター)は、そのための情報と仕事用ソフトを売る会社である。

社名にあるReuters(ロイター)は、世界各地でニュースを集め、新聞社やテレビ局などへ届ける事業の名前だ。いわばニュースの卸売りである。ただし、2025年のReuters事業は全社売上の約11%だった。法律、企業、税務・会計を支える三つの事業が82%を占める。

そのThomson Reutersが2026年8月24日、4000万ドルを投じた自社AI「Thomson」を発表した。これは、ニュース記事を自動で書くためだけのAIではない。裁判の過去の判断や税のルールを探し、根拠を示しながら仕事を進めるAIである。

なぜ、情報とソフトを売る会社が、自分たちでAIの頭脳までつくるのか。答えは、資料だけでなく、専門家が正解を決める工程まで製品へ組み込むためである。まずはThomson Reutersの仕事から見ていこう。

用語メモ

  • 通信社/Reuters(ロイター):世界各地でニュースを集め、新聞社やテレビ局などへ届ける会社・事業。ReutersはThomson Reutersの一部である。
  • 判例(はんれい):裁判所が過去の裁判で示した判断。弁護士が似た事件や契約を考えるときの重要な手がかりになる。
  • Westlaw/Practical Law:前者は判例や法律を探すサービス。後者は契約書の見本や仕事の進め方を確認するサービス。
  • CoCounsel Legal:弁護士などの調査、文書確認、下書きを助けるAIサービス。
  • Thomson(トムソン):Thomson Reutersが自社で持つ、文章を読み書きするAIの頭脳。CoCounselなどで使われる。

Thomson Reutersは、専門家が仕事の根拠を探すのを助ける会社だ

Thomson Reutersは、専門家が仕事の根拠を探し、内容を確かめ、文書を作るのを助ける会社である。弁護士には法律や過去の裁判の情報を提供する。税理士や会計士には、税のルールや会社のお金を確認するソフトを提供する。

現在の会社は2008年に生まれた。カナダの情報企業The Thomson CorporationとReuters Groupが統合したのである。Reutersの歴史は1851年にさかのぼる。ただし、現在のThomson Reutersが175年前から同じ姿で存在したわけではない。

社名にReutersが入るため、報道事業が中心に見える。だが、2025年12月期の売上高は全社で74億7600万ドルだった。Reutersは8億5300万ドルで、全体の約11%にとどまる。

一方、法律の専門家向け事業は28億6800万ドルだった。企業の法務・税務部門などに売る事業は19億8700万ドル。税理士や会計士向けは13億200万ドルである。三事業の合計は61億5700万ドルで、全社の82%に当たる。数字の中心はニュースではない。

収入の生まれ方も、広告中心のメディアとは異なる。2025年は全社売上の81%が、契約を継続することで入る「継続収入」だった。法律や税制は変わり続ける。専門家は一度資料を買って終わりではなく、更新された情報と仕事用ソフトを使い続ける。

つまりThomson Reutersの土台は、ニュースの知名度ではない。専門家の日常業務へ入り込み、根拠を確かめる行動を繰り返し支えることにある。ここを押さえると、同社がAIへ何を求めているかが見え始める。

売っているのは情報より、「根拠へ戻れる判断」である

同社の製品は、情報を読むだけでなく、専門家が次の行動を決めるところまで支える。

たとえば弁護士が、契約書のある一文に問題がないか調べるとする。Westlawで、似た事件の判例や関係する法律を探す。Practical Lawでは、弁護士が更新した解説や契約書の見本を確認する。CoCounsel Legalは、複数の文書を比べ、調査結果をまとめる作業をAIで助ける。

この三つは、単なる資料庫、手引書、チャットボットではない。同じ仕事の流れのなかで、「何を調べるか」「どの根拠を使うか」「どう整理するか」をつなぐ。顧客が買っているのは情報量だけではなく、迷う時間を減らし、後から根拠を確認できる状態である。

Thomson Reutersは1990年代に、米国の法律情報会社West Publishingを買収した。2013年には、専門家の解説や文書の見本を持つPractical Lawを加えた。判例や法律の原文だけでなく、専門家が書く解説と仕事の手順もそろえてきた。

この蓄積は、生成AIと相性がよく見える。質問を入力すれば、AIが判例や解説を探し、短時間で答えをまとめられるからだ。

しかし、法律や税務では「もっともらしい文章」だけでは仕事にならない。引用した判例が答えを本当に支えるか。対象の国や時点が合っているか。確認すべき点が抜けていないか。最後は人が元の資料へ戻って確かめる。

ここに、一般向けAIとの違いがある。Thomson Reutersが持つ資産は、過去の文書だけではない。何を正しいとみなし、どの順番で確認すれば仕事になるかという、専門家の判断手順まで含んでいる。

他社のAIを使う段階から、自社のAIを持つ段階へ3年で進んだ

自社AI「Thomson」は、突然生まれたものではない。外部AIを製品へ入れ、法律AIの会社を買い、モデル開発の研究チームを加えるという三段階を経ている。

  • 2023年:法律AI「CoCounsel」を持つCasetextを、現金6億5000万ドルで買収。
  • 2024年:法律向けAIを研究する英国の新興企業Safe Sign Technologiesを買収。
  • 2026年:人材とAIの学習に使うコンピューターへ4000万ドルを投じ、自社モデル「Thomson」を発表。

2023年のCasetext買収で手に入れたのは、AIの頭脳だけではない。法律事務所や企業の法務部門が使う製品も含まれる。仕事の流れや顧客との接点も得た。当時のCoCounselは、OpenAIが開発したGPT-4を頭脳としていた。

翌2024年、Thomson ReutersはSafe Signを買収した。Safe Signは売上をまだ持たない研究段階の会社だった。買収額は公表されていない。ここで同社は、法律に強いAIを育て、答えの正しさを測る研究チームを社内へ入れた。

2026年のThomsonは、すべてをゼロからつくったAIではない。文章を読み書きする基本部分には、外部へ公開されたSnowdonというAIを使う。その上で、法律、税務、会計、報道の資料を学ばせた。Snowdonは、Imperial College LondonとSafe Signの研究組織が開発したものだ。

6億5000万ドルの買収額と、4000万ドルの開発費は単純に比べられない。前者には会社、製品、顧客が含まれる。後者は人材とコンピューターの費用だからだ。それでも投資の順番は重要である。同社は自社AIをつくる前に、AIが働く製品と利用現場を手に入れていた。

Thomsonが最初に入るのも、自由な質問へ答えるチャット画面ではない。大量の文書を同じ基準で調べる「Tabular Analysis」という機能である。最大1万件の文書に、最大100個の質問を当て、答えを表にまとめる。各回答から元の文書へ戻れるため、人が誤りを見つけやすい。

しかも、Thomsonが外部AIをすべて置き換えるわけではない。CoCounselは仕事に応じて複数のモデルを使う。Thomsonも単独では販売しない。自社か外部かの二択ではなく、検証のしやすさ、費用、更新速度に応じて頭脳を選ぶ設計である。

競争力は175年分の資料より、「正解」をつくる工程にある

資料を持っているだけでは、AIの差にならない。Thomsonの訓練に使われたのは、同社が持つ資料の10%未満である。

資料はまず、AIの学習に使ってよいか権利を確認する。同じ内容を重ねて学ばせないよう、重複も除く。見出しや項目をそろえ、AIが読み取れる形へ直す。社内の別々な製品に保存された情報を探す作業も必要だ。巨大な書庫が、そのままAIの教材になるわけではない。

さらに難しいのは、専門家の判断をAIへ教えることである。同社の説明では、数百人の専門家が、何を学ばせるか決め、最後に答えを評価した。約1500人いる法律編集者は、法律資料を読み解き、弁護士が使う解説記事を日々つくっている。

完成した記事だけをAIへ読ませても、判断の途中は残らない。どの主張を削ったか。なぜ表現を狭めたか。どの判例を根拠に使わなかったか。開発チームは、こうした判断の記録が、AIに直すべき点を教える教材になると説明する。

評価づくりにも手間がかかる。実務経験のある弁護士が数カ月かけて、難しい法律調査の正解条件を細かく分けた。さらに数千時間を使い、複数のAI回答を比べたという。専門家は文章を提供する人ではなく、「何を満たせば正解か」を決める人になった。

この工程は、社内での利用とつながっている。同社は数千人の専門家がThomsonを使えるようにした。難しい仕事で失敗を見つけると、研究チームへ報告する。一方、顧客データは学習に使わないと明記する。確認できるのは、社内利用で見つけた失敗を評価と改善へ戻す仕組みである。

ただし、Thomsonの性能を無条件に高いと断定はできない。同社は100件を超える法律分野の試験と、数千件の利用場面で検証したと公表するが、企業自身の評価である。外部の大学と進める独立評価は、2026年8月28日時点で継続中だ。

それでも今回の発表が示す変化は明確である。情報企業の競争力は、資料の保有量から、正解を決め、製品で試し、失敗を次の改善へ戻せるかへ移っている。自社モデルは、その循環を自社の意思で回すための部品なのである。

専門情報を持つ企業が見直すべき3つの判断

1. 資料の量ではなく、仕事で使える状態を調べる

Thomson Reutersでも、AIに使った資料は保有分の10%未満だった。使う権利があるか、同じ内容が重なっていないか、最新版か、AIが読める形かを確認する必要がある。他社もまず、保有件数ではなく「誰が、どの仕事で、どの条件なら使えるか」を一覧にしたい。AI時代に文脈が重要になる理由も、情報を渡せる形へ整える重要性を扱っている。

2. AIを買う前に、正解と失敗を決める人を置く

同社は数百人の専門家を、AIの学習と答えの確認へ入れた。最初の用途は、元の資料へ戻れる文書確認に絞っている。必要なのはAIに詳しい人だけではない。現場で「この答えなら使える」「ここが抜けている」と判断できる人である。導入前に、合格条件、誤りを直す責任者、更新後も同じ条件で比べる試験を決める必要がある。

3. 自社AIへの投資を、モデル開発費だけで測らない

Thomson Reutersは、Casetextで製品と顧客接点を得た。Safe Signでは研究チームを加え、その後に自社モデルを訓練した。モデルだけをつくっても、使う場所と改善材料がなければ循環は回らない。企業が生成AIの利用をどこまで開示すべきかと同じく、問うべきはモデル名ではない。誰が使い、誰が確かめ、失敗をどこへ戻すかである。

Sources / 参考資料