あるソフトウェア会社が、セキュリティエンジニアの採用ページに「技術者が自律的に判断できる」と書いた。ところが社員へ聞くと、本番環境の変更には承認が要り、夜間の当番もある。一方で、緊急時には責任者が判断を引き取り、翌日に振り返る仕組みもあった。直すべきなのは採用ページの言葉なのか、それとも職場の仕組みなのか。

採用ブランディングは、求職者が仕事を知り、理解し、応募・選考・入社を判断できるように、採用の入口にある情報と体験を整える活動である。エンプロイヤーブランディングはその入口を含め、制度、上司の行動、日々の仕事、退職まで、「働く場としての約束」と実際を合わせる活動である。

広い定義を採れば、採用ブランディングはエンプロイヤーブランディングの一部になる。ただし、二つの言葉に一つの公的な境界があるわけではなく、研究でも実務でも範囲は揺れている。[S3] 会社内で同じ意味に使うこと自体が誤りなのではない。名称より先に、誰を対象にし、いつまでを扱い、何を直せる活動なのかを決める。

冒頭の会社は説明用の架空例である。本稿では、候補者向けの発信だけを磨けばよい場合と、社員が実際に受け取る仕事や支援まで変える必要がある場合を分ける。応募数や離職率の変化を、一つの施策の効果とは断定しない。

採用ブランディングは採用の入口、エンプロイヤーブランディングは働く時間全体を扱う

採用の仕事は、求人を出す一瞬ではない。ISO 30405:2023は採用を、人を惹きつけ、候補を見つけ、評価し、雇用する工程として扱い、候補者体験、関係者、振り返りまでを対象にする。[S4] この規格は二つのブランド用語を定義していないが、「採用の入口」が応募フォームだけではないことは分かる。

本稿では、その入口で候補者の判断材料と接点を整える仕事を、採用ブランディングと呼ぶ。求人票、採用サイト、社員インタビュー、説明会、面接、連絡の速さ、内定時の説明までが主な対象になる。目的は、できるだけ多く応募させることではなく、合う人が仕事を候補に入れ、条件を確かめられる状態をつくることだ。

雇用主としてのブランドという考え方は、AmblerとBarrowが1996年、雇用によって得られる機能的、経済的、心理的な便益のまとまりとして定義した。[S1] これは英国企業27社の経営層を対象にした探索的研究であり、現在の日本企業で同じ効果が出ることを示したものではない。

BackhausとTikooは2004年、雇用主として何が異なり、望ましいかを社内外へ明確に示す企業の取り組みとして、エンプロイヤーブランディングを整理した。[S2] 外へ候補者を惹きつけるだけでなく、社内で日々の仕事や文化をつくる働きかけも含む理論枠組みである。個別施策の効果を証明した実験ではない。

比較表
軸採用ブランディングエンプロイヤーブランディング
主な相手潜在候補者、応募者、内定者候補者、現職社員、退職者と周囲の労働市場
主な期間仕事を知る前から入社まで入社前、在職中、退職後まで
直す対象求人情報、採用サイト、社員の話、面接、候補者体験制度、仕事、管理職の行動、成長機会、日々の体験と伝わり方
主な担い手採用、人事、広報、現場の採用担当経営、人事企画、管理職、現場、広報・ブランド

この表は公式の二分法ではなく、直す範囲を決めるための編集部による整理である。187本の研究を統合したTheurerらのレビューでも、エンプロイヤーブランディングの概念と範囲には異なる解釈が残る。[S3] 社内で二つを同義に使うなら、対象期間、直す対象、最終責任者を同じ文書に残せばよい。

二つが混ざりやすいのは、採用の入口で同じ約束を使うからである。では、その約束はどこでつくり、どこまで運べばよいのか。

二つが同じ意味に見えるのは、入口で同じ約束を使うから

架空の会社は、一枚の「働く約束メモ」をつくる。そこには、技術者がどこまで自分で決められるか、夜間対応はあるか、困ったときに誰が支援するかを書く。まだコピーにはしない。まず社員が実際に経験している事実と、会社がこれから守ると決めた条件を分ける。

採用担当は、そのメモから候補者が最初に必要とする情報を選び、採用ページと面接へ置く。人事企画や管理職は、書いた通りの判断権、当番、支援が続くよう、制度や仕事の進め方を確かめる。入口で見せる言葉は同じでも、前者は伝え方を直し、後者は言葉の根拠となる職場まで直す。

応募者の判断は広告だけで決まらない。Chapmanらは71研究、667の関係をまとめ、仕事と組織の特徴、採用担当者の行動、採用過程の受け止め、本人との適合感などが、組織への魅力や就職先の選択と関係することを示した。[S8] 古い時期を含む多様な研究の統合であり、採用ページ一つの因果効果ではない。

入社後まで見ると、扱う範囲はさらに広がる。英国の人材開発専門職団体CIPDは、雇用主ブランドを候補者だけでなく、現職社員と退職者にも関わるものとして扱う。導入、評価と報酬、柔軟な働き方、社内コミュニケーション、管理職の行動、退職まで、社員が実際に経験する雇用期間全体を確かめる。[S5]

GOV.UK掲載のLACAガイドも、雇用主ブランドを潜在社員への差異化だけでなく、採用、定着、関与にまたがるものとして扱い、EVPを現職社員と将来の社員の双方に通じる内容にするよう示す。[S11] 英国の実務ガイドであり、日本企業の公的定義ではないが、入口と社内体験を接続する一次例になる。

GOV.UK掲載のLACAガイド。雇用主ブランドを潜在社員への差異化とし、EVPを社内外に通じさせ、採用・定着指標を測る目標を示す
採用の入口と社員の体験を同じ雇用主ブランドで捉える英国の実務例。出典:LACA employer and employee resource guide。 — © Crown copyright, reproduced under the Open Government Licence v3.0.
知る、応募・選考、入社、働く、離れるという時間線に、採用ブランディングは入社まで、エンプロイヤーブランディングは全期間を扱う帯を重ねた概念図
広い定義では、採用ブランディングは採用の入口、エンプロイヤーブランディングはその入口を含む雇用期間全体を扱う。用語の使い方は組織や研究によって異なる。図は編集部による整理。 — Diagram: CONTEXT(Ambler & Barrow、Backhaus & Tikoo、Theurerほか、ISO、CIPDの公開資料を基に編集部作成)

人事院の令和6年度年次報告書にも、職場内で進む改善と、外部から見える印象に差があるという問題設定がある。報告書は国家公務員の職場を対象に、働く場としての価値を見つけ、内部の改善と浸透、外部への発信を一体で進める考え方を示した。[S6] 民間企業全体の効果を証明する資料ではないが、内側と外側を別々にしない実例になる。

ブランディングとは何かでも、企業の意図だけでなく、相手の記憶と体験までを扱った。働く場のブランドでも、採用ページは約束を伝える入口であり、社員の日々はその約束を確かめる体験になる。

求人の言葉より先に、社員が実際に受け取るものを確かめる

採用ページの制作から始めると、「裁量」「成長」「挑戦」といった言葉を先に選びやすい。しかし同じ言葉でも、社員が受け取る内容は会社によって違う。働く約束メモは、抽象語を増やす前に、誰が何を決め、どんな条件で例外が生じるかを書く。

  • 判断できる範囲:本人だけで決められること、相談が要ること、承認が要ることを分ける。
  • 負担と支援:夜間対応、繁忙期、目標の重さと、交代、代休、相談先を対にして確認する。
  • 成長の条件:任される仕事だけでなく、評価の基準、学習時間、レビューする人を確かめる。
  • 働く場所と報酬:出社、転勤、雇用形態、給与の範囲と、条件が変わる場合を最新に保つ。

この具体的な便益と条件のまとまりを、従業員へ提供する価値の約束と呼ぶことがある。英語の頭文字からEVPと表す場合もある。EVPは目立つ標語ではない。候補者へ見せる前に、現職社員が「実際に受け取っている」「今後は会社がここまで守る」と確認できる内容でなければならない。

英国政府のデジタル人材採用チームは2015年、EVPを給与や福利厚生だけでなく、勤務地、学習、柔軟な働き方、文化、リーダーシップ、仕事の意味まで含むものとして説明した。[S10] これは当時の英国政府における採用実務の整理であり、すべての組織に共通する因果を示す研究ではない。それでも、候補者向けの言葉を職場で受け取る有形・無形の条件へ戻して考える材料になる。

GOV.UK Digital PeopleのEVP説明。給与・福利厚生、勤務地、学習、柔軟な働き方に加え、文化、リーダーシップ、仕事の意味などを挙げる
EVPを、有形の条件と無形の仕事体験の双方から整理した英国政府の採用実務例。出典:The employee value proposition, employer branding and ambassadors。 — © Crown copyright, reproduced under the Open Government Licence v3.0.

採用担当だけで直せるのは、情報の不足、表現の分かりにくさ、面接での説明の不一致、連絡の遅さなどである。評価制度、管理職の振る舞い、当番の負担、意思決定の権限が約束と違うなら、経営、人事企画、管理職、現場が直す対象になる。採用広報の予算だけでは解決できない。

どちらから始めるかは、ずれの場所で決める。社員が評価する事実があるのに候補者へ伝わっていないなら、採用ブランディングの仕事が先でよい。求人の約束を社員が実感できない、部署で経験が大きく違う、管理職が説明と異なる行動を取るなら、エンプロイヤーブランディングとして内側を直す。

ブランディングとマーケティングの違いと同じく、部署名を競わせる必要はない。候補者へ届く経路をつくる仕事と、働く約束を守れる状態にする仕事はつながっている。分けるのは、責任の抜けを見つけるためである。

よい面だけを強くすると、応募後の判断材料が減る

採用の入口は、会社を良く見せる広告だけではない。候補者が、自分に合う仕事かを判断する場所でもある。「裁量が大きい」とだけ書き、承認が必要な場面や夜間当番を隠せば、応募数は増えるかもしれないが、面接や入社後に期待が外れる。

2022年10月に施行された改正職業安定法により、求人などに関する情報には的確な表示が求められる。厚生労働省は、虚偽や誤解を生じさせる表示を避け、求人情報と募集企業の情報を正確で最新に保つ必要を示している。[S7] これはブランド成果の基準ではなく、候補者へ情報を示す最低線である。

現実的な仕事情報に関する52研究、約1万7,000人をまとめたEarnestらの分析では、組織が正直だという受け止めが、現実的な情報と自発的な離職をつなぐ主な経路として示された。[S9] ただし求人広告だけの研究ではなく、有効な提示時点として入社後の可能性もある。「難しい面を多く書けば離職が減る」という単純な因果ではない。

必要なのは、悪い点の一覧ではなく、仕事を判断できる条件である。夜間対応があるなら、頻度、交代方法、支援する人、翌日の扱いを示す。承認が必要なら、対象、理由、通常の所要時間を示す。負担だけでも、美点だけでも、実際の働き方は伝わらない。

候補者が条件を理解したうえで応募しないことは、必ずしも採用の失敗ではない。合わない仕事へ進ませない判断材料を渡せたとも考えられる。応募数だけを目標にすると、この役割が見えなくなる。

技術職採用で記事を使う場合も同じである。技術広報のKPIを分けた記事で整理したように、公開本数、読了、応募、採用は同じ成果ではない。仕事の理解が深まり、面接の質問が具体的になった変化を、応募数と別に残す。

応募数ではなく、どこで期待がずれたかを分けて測る

採用ブランドの指標を一つにまとめると、直す場所が分からなくなる。応募が少ないのは存在を知られていないからかもしれない。選考辞退が多いのは仕事内容を理解できないからか、面接の説明が求人と違うからかもしれない。入社後の退職には、上司、仕事、報酬、家庭事情など複数の要因がある。

比較表
位置見る記録判断
知る対象者への到達、指名検索、採用ページへの経路働く約束を必要な人が見つけられたか
理解する仕事内容の理解、候補者の質問、社員記事の参照良い面と条件を自分の言葉で説明できたか
選ぶ応募理由、選考辞退、内定承諾とその理由どの説明で期待が生まれ、どこで変わったか
働く入社30日・90日の期待との差、支援の利用、管理職の行動採用時の約束が実際の仕事で確かめられたか
続ける・離れる継続理由、退職理由、異動、紹介意向一つの数字で原因を決めず、約束とのずれを探す

各段階で、働く約束メモの同じ項目を尋ねる。採用ページではどう読んだか、面接ではどう説明されたか、内定時に何を期待したか、入社後30日と90日で何が同じで何が違ったかを残す。質問をそろえると、入口の説明を直すのか、職場の仕組みを直すのか判断しやすい。

数字の変化だけで因果を決めない。採用市場、給与、職種、選考速度、景気、上司の交代でも結果は変わる。対象職種、期間、母数を残し、候補者と社員の言葉を合わせて読む。母数が少ないときは、増減率より、繰り返された質問と期待のずれを記録する。

最初から全社の言葉を決めなくてよい。一つの職種を選び、現職社員3〜5人へ、入社前に期待したこと、実際に受け取ったこと、条件が変わる場面を聞く。その事実から一枚の働く約束メモをつくり、採用ページ、面接の質問、内定時の説明へ同じ項目を通す。

入社後30日と90日で約束との差を確かめる。伝え方に問題があれば採用ブランディングを直す。制度や管理職の行動に問題があれば、エンプロイヤーブランディングとして経営と現場へ戻す。技術広報の始め方と同じく、誰のどの判断を助けるかを一つに絞ると、発信を増やす前に必要な事実が見える。

冒頭の「自律的に判断できる」は、そのまま残すか削るかの二択ではない。承認が必要な範囲、緊急時の責任者、夜間当番と翌日の支援まで説明し、社員の実際と照合する。説明が違えば入口を直す。実際が会社の約束に届かなければ、職場を直す。

採用ブランディングとエンプロイヤーブランディングの境界は、言葉ではなく、どこまで直す責任を持つかに表れる。 採用の入口から働く時間へ、同じ約束を運べるか。運べない場所が、次に取り組む範囲である。

Sources / 参考資料

Journal of Brand Management:The employer brand
Crossref metadata supplied by Emerald Publishing:Conceptualizing and researching employer branding
Crossref metadata supplied by Wiley:Employer Branding: A Brand Equity-based Literature Review and Research Agenda
International Organization for Standardization preview:ISO 30405:2023 Human resource management — Guidelines on recruitment
Chartered Institute of Personnel and Development:Employer brand
人事院:令和6年度 年次報告書 第1編第2部第1章第4節 魅力ある公務職場の実現に向けて
厚生労働省:令和4年職業安定法の改正について
Journal of Applied Psychology:Applicant Attraction to Organizations and Job Choice: A Meta-Analytic Review of the Correlates of Recruiting Outcomes
Crossref metadata supplied by Wiley:Mechanisms Linking Realistic Job Previews with Turnover: A Meta-Analytic Path Analysis
Government Digital and Data / GOV.UK:The employee value proposition, employer branding and ambassadors
GOV.UK:LACA employer and employee resource guide