広告では「かんたん」と伝えている。購入画面も迷わず進める。それなのに、箱を開けると説明書のどこから読めばよいか分からず、エラーが出た後は、ウェブと電話で同じ説明を繰り返す。会社では広告、商品、ウェブ、サポートが別の仕事でも、使う人には一つのブランドとの出来事である。
ブランド体験とは、人が広告、商品、店、ウェブサイト、購入、利用、問い合わせなどでブランドに触れたときに生じる感覚、感情、考え、行動と、それらが時間とともに結びついた受け止めである。企業が用意できるのは接点とそこでの振る舞いであり、体験そのものを一方的に決めることはできない。
ブランド体験を扱ったBrakus、Schmitt、Zarantonelloの研究は、ブランドのデザイン、アイデンティティ、包装、コミュニケーション、環境に含まれる刺激によって生じる、主観的・内的な反応と行動反応として概念化した。[1] 大切なのは、企業が置いたロゴや店舗をそのまま「体験」と呼ばず、それに触れた人に何が起きたかまで見ることである。
以下では、架空の卓上コーヒーメーカー「MORNING ONE」を例にする。約束の仮説は「朝の一杯を、迷わず淹れられる」。広告、箱と初期設定、毎日の操作、洗浄エラー、問い合わせと修理をたどる。製品、機能、出来事、利用者の反応はすべて説明のための架空例であり、実在ブランドの効果を示すものではない。
ブランド体験は、企業が見せたものではなく人に起きた反応
接点と体験を分けると、確認する対象が変わる。広告の映像、箱の形、ボタン、店員の説明、電話窓口は、人が触れる刺激や場面である。それを見て期待した、触って安心した、操作の理由を考えた、途中でやめた、といった反応が体験である。接点を作り終えただけでは、どんな体験になったかは分からない。
同研究は、ブランド体験を感覚、感情、知的、行動の四つの次元に分けた。[1] これは四種類の演出を必ず足すという処方箋ではない。利用者の反応を「好きか嫌いか」だけで片づけず、何を感じ取り、どう感じ、何を考え、どんな行動が起きたかを見落とさないための補助線になる。
- 感覚:光、音、手触り、匂い、重さなどをどう受け取ったか。
- 感情:安心、期待、いら立ち、戸惑いなど、どんな感情が生じたか。
- 思考:何を意味すると考え、次に何をすべきだと理解したか。
- 行動:試した、使い続けた、説明を探した、問い合わせた、やめたなど、何をしたか。
体験は、特別なイベントや強い感動に限らない。毎朝同じ手順で淹れられる、洗う場所が分かる、困ったときに前回の説明が引き継がれるといった、目立たない反応も含む。また、企業に好都合な反応だけを体験と呼ぶわけでもない。迷い、諦め、別の情報源を探す行動も、その接点が人に残した反応である。
近い言葉の境界は一つに決まっていないが、実務では対象を次のように分けると話しやすい。
| 見る対象 | 問い | 例 |
|---|---|---|
| ブランド接点 | 人はどこで、何や誰に触れるか | 広告、商品、店舗、配送、窓口 |
| ブランド体験 | ブランド関連の刺激に触れ、人に何が起きたか | 感覚、感情、思考、行動 |
| 顧客体験 | 顧客として、企業や提供物との行程全体をどう受け止めたか | 検討、購入、利用、支援 |
| ユーザー体験 | システム、製品、サービスの利用や利用の予期から何が生じたか | 利用前・中・後の知覚と反応 |
ブランド体験、顧客体験、ユーザー体験は重なる部分があり、どれか一つが常に他を含むとは限らない。本稿では、ブランド関連の刺激への反応、顧客としての行程、特定の製品やサービスの利用という、観察する問いで分ける。名称の勝ち負けを決めるより、いま何を観察しているかをそろえる。
一つの接点ではなく、期待から利用後までを時間でつなぐ
広告を見た瞬間の好印象だけを測っても、その後の体験は分からない。広告で生まれた期待は、箱を開けたときの比較基準になる。初期設定で覚えた手順は、翌朝の操作へ影響する。故障時の説明は、次にそのブランドを見たときの受け止めへ残る。前の反応が、次の接点に入る前の期待へ変わるからである。
LemonとVerhoefは顧客体験を、購入前、購入、購入後の段階にまたがる複数の接点から成る行程として整理した。[2] 購入後には、使用や消費だけでなく、支援の依頼、返品、再購入なども含まれる。ブランド体験を「買うまでの印象」に縮めると、商品が日常でどう使われ、問題時にどう受け止められたかが抜ける。
- 購入前:広告や評判に触れ、何を期待し、何と比べたか。
- 購入:価格、選択肢、説明、配送条件をどう理解し、決めたか。
- 利用開始:箱を開け、準備し、最初の目的を終えられたか。
- 日常利用:繰り返すうちに、迷いが減ったか、新しい負担が現れたか。
- 問題と支援:失敗したとき、原因と次の行動が分かり、元の仕事へ戻れたか。
この順序は全員が一直線に進む漏斗ではない。購入前に説明書を読む人も、使用中に動画を探す人も、修理後に買い直しを検討する人もいる。行程を描く目的は、理想の一本道へ人を押し込むことではなく、ある人がある目的を進めるとき、接点の間で何が引き継がれ、どこで戻れなくなるかを見ることである。
だから、同じアンケートを各接点に置くだけでは足りない。広告の直後には期待を、初回利用では開始できたかを、支援では元の作業へ戻れたかを確かめる。段階によって人が終えたい仕事が違えば、必要な問いも証拠も変わる。
同じ見た目より、同じ約束を場面ごとの行動へ変える
一貫したブランド体験は、すべてを同じ色、同じ言葉、同じ丁寧さにそろえることではない。広告、操作画面、電話対応は役割が異なる。同じにするのは表面ではなく、その場面で何を期待してよいかという約束である。その約束を、相手が今しようとしていることに合う行動へ変える。
架空のMORNING ONEの約束を「朝の一杯を、迷わず淹れられる」とする。これは実在商品のコピー案ではなく、複数の接点を同じ基準で読むための仮説である。約束の作り方や、企業が引き受ける費用・条件は別の論点であり、ここでは各接点の後に人へどんな反応が残ったかに絞る。
| 場面 | 企業が用意するもの | 確かめる反応 |
|---|---|---|
| 広告 | 朝の手順を短く示す映像 | 自分にも始められそうだと期待したか |
| 箱と初期設定 | 最初にする三つの操作と必要な道具 | 説明を行き来せず、一杯目まで進めたか |
| 毎日の操作 | 状態と次の操作が分かる表示 | 考え直さず、いつもの手順を終えたか |
| 洗浄エラー | 原因、いま使えるか、戻し方の案内 | 壊した不安が減り、自分で戻すか支援を選べたか |
| 問い合わせと修理 | 履歴の引き継ぎ、期限、代替手段 | 説明を繰り返さず、朝の一杯へ戻れる見通しを持てたか |
広告では、短く魅力を伝えるために細部を省く。初期設定では、省いた条件を順序立てて示す。エラー時には、魅力より事実、現在の状態、復帰手順を優先する。言い方や情報量が違っても、「迷わず次へ進める」という約束へ戻れれば、一貫性を確認できる。反対に、同じコピーを繰り返しても、困った場面の次の行動が分からなければ、約束はつながらない。

図の上段は、企業が比較的直接に変えられる接点と振る舞いである。下段は、人に起きてほしい反応の仮説であり、制作物に書き込んだだけでは実現したことにならない。実際の人が何を期待し、何に触れ、どう動いたかを観察して初めて、線がつながったかを確かめられる。
ブランド戦略が、誰にどんな価値を約束し、どの選択を積み上げるかを決めるものなら、ブランド体験は、その選択の結果が人にどう届いたかを見る場所である。ブランディングを意図から記憶と体験への変換と捉えると、体験の観察は、意図だけで自己評価しないための折り返しになる。
弱い体験は、部門の境目と自社で決められない経路に現れる
体験が途切れやすいのは、一つの画面の中より、担当や経路が変わる場所である。広告から商品ページへ移る。店舗で買った商品をウェブで登録する。チャットから電話へ移る。メーカーから配送会社や修理会社へ渡る。組織内では受け渡しでも、人にとっては目的の途中である。
GOV.UKのService Standardは、オンライン、電話、紙、対面など、利用者が必要とする経路を横断して一続きのサービスをつくるよう求める。また、オンラインの調査をオフラインの改善へ使い、その逆も行い、現場担当がオンラインの仕組みと変更を把握できる状態を挙げる。[3] 公共サービスの標準をそのまま民間ブランドへ移すのではなく、部署ではなく利用者の目的を単位に受け渡しを見る参考にする。
ただし、すべてを自社で決められるわけではない。LemonとVerhoefは接点を、ブランド所有、パートナー所有、利用者所有、社会・外部の四つに分けた。[2] 広告や自社サイトは比較的管理しやすい。販売店や配送は共同で管理する。家庭での使い方や支払い方法には利用者の選択がある。口コミ、比較記事、他の利用者、利用環境は、企業の影響が小さい場合がある。
管理できない接点まで「統一する」と考えると、他者の評価を抑え込んだり、利用者の文脈を無視したりする。代わりに、直接変えられる、パートナーと合意できる、情報は提供できる、観察だけできる、の四段階に分ける。自社の外にある反応は消す対象ではなく、約束と現実のずれを知る材料である。
企業は刺激や条件を変えられても、人の過去の経験、置かれた状況、他者の発言まで所有できない。顧客行程の研究が、企業の影響がほとんど及ばない利用者所有や社会・外部の接点まで分けるのは、この限界を見るためでもある。[2] 「望む体験を提供した」と断言する前に、何を変え、何を観察したのかを分ける。
- 引き継ぎ:同じ説明、入力、本人確認を、経路が変わるたびに繰り返していないか。
- 期待:前の接点で伝えた条件が、次の担当にも残っているか。
- 復帰:問題が起きた後、利用者が元の目的へ戻る道があるか。
- 所有:自社、パートナー、利用者、外部のうち、誰が変えられる部分か。
- 例外:通常の手順から外れた人にも、次の選択と責任者が分かるか。
平均点ではなく、約束が途切れた場面から直す
ブランド好意度や満足度の平均は、全体の変化を見る信号にはなる。しかし、広告、初期設定、日常利用、支援のどこで何が起きたかは分からない。平均が高くても、一部の人が問い合わせから元の仕事へ戻れないことはある。逆に、一回の強い不満だけで全体の構造を決めつけることもできない。
直す場所を選ぶには、点数と別に、具体的な体験記録を残す。一人が一つの目的を進めた範囲で、期待、接点、反応、次の行動、約束とのずれ、変更できる人を並べる。定量調査が不要なのではない。量で広がりを見て、記録と観察で何が起きたかを確かめる。
Government Digital Service(GDS)は、政府サービスの利用者調査に使うラボを、研究参加者や研究者が空間と機器を使う様子の観察、旧ラボへの長年のフィードバック、他組織のラボ訪問から設計し直した。[4] 写真は、参加者の操作を別室のチームが見ている場面である。この事例は、設備の豪華さを評価するものではない。作り手の説明に頼らず、実際の人が目的を進める様子をチームで観察できる状態をつくった点に意味がある。

- 人と目的:誰が、どんな状況で、何を終えようとしていたか。
- 期待:直前の広告、説明、過去の利用から、何が起きると思っていたか。
- 接点:商品、画面、人、文書、パートナーなど、実際に何へ触れたか。
- 反応:何を感じ取り、どう感じ、何を考え、何をしたか。
- 次の状態:目的が進んだ、止まった、戻った、別の経路へ移ったのどれか。
- 約束との差:同じ約束が続いたか。違う期待を作ったか。必要な条件が欠けたか。
- 変更範囲:自社で直す、パートナーと直す、情報を補う、観察を続けるのどれか。
MORNING ONEなら、「サポート満足度が低い」で止めず、洗浄エラーが出た朝を一件読む。利用者は広告から何を期待していたか。表示のどの語を見たか。説明書とウェブを何往復したか。電話へ移った後に情報は引き継がれたか。修理の間、朝の一杯へ戻る代替手段はあったか。この記録なら、広告を直すのか、表示、案内、引き継ぎ、修理条件を直すのかを分けられる。
最初からすべての接点を地図にする必要はない。直近で起きた問い合わせ、離脱、返品などから一件を選び、その人が目的を持った時点まで戻る。関係した担当者と一緒に、企業が置いたものと人に起きた反応を分け、約束が最初に途切れた場所を一つ選ぶ。変更後は、同じ目的を持つ人が次の状態へ進めたかを確かめる。
ブランド体験を見るとは、華やかな接点を増やすことではない。広告で生まれた期待が、箱を開け、毎日使い、困って支援を求めた後にも、同じ約束として残ったかを確かめることである。企業は体験を所有できない。だからこそ、接点を作った側の意図ではなく、人に起きた具体的な反応から次の選択を決める。
接点は企業が用意できる。体験は人の側に起きる。一つの約束でつなぐとは、その違いを広告からサポートまで確かめ続けることだ。
Sources / 参考資料
2. Journal of Marketing / University of Groningen repository:Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey
3. GOV.UK Service Manual:3. Provide a joined up experience across all channels
4. Government Digital Service:A user research lab for all of government
