2026年8月2日、EU AI法の透明性に関する義務の適用が始まった。AIが生成した文章や映像に、条件つきで表示を求める規定である。
ただし、AIが書いたものすべてに表示が要るわけではない。条文には、人の確認と編集責任がある場合を義務から外す一文が置かれている。
対象になるのは、公共の関心事を伝える目的で公表されるAI生成テキストである。企業の発信も、扱う主題によってはここに入る。
どこで線が引かれ、日本の企業にどこまで効くのか。条文と、7月31日に公表された署名者の一覧から読み解く。
8月2日に動き出したのは、透明性の条文だけである
対象はAI法の第50条である。欧州委員会は、この日から適用される内容を三つの柱で説明している。
一つ目は、対話するAIに人が接するとき、相手がAIであると分かるようにすること。二つ目は、ディープフェイクの明示である。
三つ目が、公共の関心事を伝える目的で公表するAI生成テキストの明示にあたる。チャットボットも、合成した映像も、記事の文章も、同じ条文の中にある。
第50条(1)には、分かりやすい例外も付いている。状況から見てAIだと明らかな場合や、犯罪の防止・捜査のために法が認めた場合は、通知の対象から外れる。
条文の側から見ると、義務は二つの立場に分かれている。第50条(2)は、AIの出力を機械可読な形で標識し、生成物として検出できるようにする義務を、システムの提供者に課す。
第50条(4)は、公開する側の義務である。ディープフェイクを公表するなら、それが生成物または加工物であることを開示しなければならない。
前者はモデルの出力に埋める話であり、後者は公開する画面に書く話である。同じ透明性という言葉でも、責任を負う位置が違う。
示し方についても条文がある。第50条(5)は、遅くとも最初の接触または接触の時点までに、明確かつ識別しやすい方法で伝えることを求めている。
脚注の奥に隠す書き方は、この条件を満たしにくい。表示の有無だけでなく、置き場所も判断の対象になる。
生成の事実をどう記録するかという論点は、画像の分野で先に議論されてきた。AI生成画像の著作権と制作フローで見た確認手順と、考え方の骨格は重なる。
表示が要らなくなる条件が、条文に書かれている
第50条(4)には二つの例外がある。一つは、明らかに芸術的・創作的・風刺的な作品にあたる場合で、このとき義務は生成物の存在を示す範囲に限られる。
もう一つが、テキストに関する例外である。AI生成の内容が人による確認または編集上の管理を経ていて、自然人または法人が編集責任を負う場合、開示は求められない。

つまり分かれ目は、AIを使ったかどうかではない。誰かが責任を負う立場で内容に目を通したかどうかである。
編集の工程を持つ組織にとっては、追加の作業が少ない条件だといえる。逆に、生成から公開までを自動で通す運用は、この例外の外に出る。
編集責任を誰が負うかまでは、条文で特定されていない。自然人でも法人でもよいとされるため、社内のどこに置くかは各社の設計に委ねられる。
提供者側の第50条(2)にも例外がある。標準的な編集を補助するだけで、入力データを実質的に変えないシステムは、標識の義務から外れる。
変換の度合いで線が引かれている。文章を整える機能と、文章を生み出す機能は、同じ条文の中で扱いが違う。
自主的な開示をどう設計するかは、生成AIの利用開示で扱った。法が求める範囲と、読者に説明したい範囲は、必ずしも同じではない。
約190の組織が、行動規範に署名した
欧州委員会は2026年6月10日、AI生成物の標識と表示に関する行動規範の最終版を公表した。義務を満たすための実務手順を示す、任意の枠組みである。
7月末までに署名した組織は約190に上る。内訳は、提供者を対象とする第1章が82、公開する側を対象とする第2章が152である。
第1章の署名者には、Anthropic、Cohere、Google、Meta、Microsoft、Mistral、OpenAI、Synthesiaなどが並ぶ。第2章にはBulgari、Getty Images、Lenovo、Lufthansaのように、AIを開発しない事業会社も入っている。
業種はIT・通信にとどまらず、教育や小売にも広がる。署名者の約半数は、小規模で設立の新しい企業だという。
AIを開発していない企業が第2章に多く集まった点は、この規範の性格を示している。義務の重心が、作る側だけでなく、公開する側にも置かれているということである。
署名の利点として、委員会は執行の予測可能性を挙げている。規範の遵守状況を見る形になるため、EU全域での法的な確実性が高まり、事務負担が減るという説明である。
署名は、提供者と公開者のどちらでも申し込める。両方の立場を兼ねる組織は、二つの章の双方に署名する必要がある。
経過措置も用意されている。8月2日より前に市場に出たシステムの標識と検出の仕組みは、2026年12月2日までに適合させればよい。
8月2日より前に生成され、すでに公開されている内容を、さかのぼって表示し直す必要もない。線は、時点で引かれている。
日本企業に効くのは、EUで読まれる出力である
AI法の適用範囲は、EU域内に事業所があるかどうかだけでは決まらない。システムが生み出した出力がEUで使われる場合、域外の提供者や利用者も対象になり得る。
多言語で情報を出す企業や、欧州向けの発信を持つ企業は、対象の外にいると言い切れない。まずは自社の出力がどこで読まれているかを見るのが先になる。
判別の技術そのものも動いている。音楽の分野では、AIで作った曲をどう見分けるかという測定の話が先に進んだ。
文章の標識も同じ方向にある。人が見て分かる表示と、機械が読んで分かる標識は、別々に整える必要がある。
制裁の水準も定められている。第50条に関する違反には、最大1,500万ユーロ、または全世界の年間売上高の3%のいずれか高い額が上限として置かれている。
一方で、高リスクAIに関する規則の適用時期は後ろへずれた。2026年7月に発効した改正によって、2027年12月2日と2028年8月2日へ延期されている。
透明性の義務は、この延期の対象に入っていない。予定どおり動き出した部分と、先に延びた部分がある。
実務として確かめておきたい点は、三つに整理できる。
- 自社の発信のうち、公共の関心事を扱うAI生成テキストがどれにあたるか
- 生成から公開までの間に、人が確認し編集責任を負う工程が置かれているか
- 欧州向けの出力について、標識と検出の仕組みを取引先のAI提供者が備えているか
三つ目は、自社だけでは決められない項目である。どのモデルを使うかという選択が、そのまま表示の要件に効いてくる。
表示のルールは、AIを使ったかどうかを申告させる仕組みには見えない。責任を負う人がどこにいるかを、外から分かる形にする仕組みである。
その意味で、条文が求めているのは記号の追加ではない。内容に目を通す工程を持っているか、という問いのほうである。
Sources / 参考資料
European Commission「Commission publishes Code of Practice on marking and labelling AI-generated content」(2026年6月10日)
European Commission「Signing the Code of Practice on Transparency of AI-generated Content」(FAQ)
Regulation (EU) 2024/1689(AI法)
