カバー写真:「城崎温泉(夜桜)」/FIND/47(© rikky_photography、CC BY 4.0)。縮小・WebP変換して掲載。

駅を玄関、通りを廊下、旅館を客室に見立てる。兵庫県豊岡市の城崎温泉には、「まち全体が一つの旅館」という考え方がある。外湯を大浴場、商店を売店と捉えれば、泊まった宿を出た後も、一つの滞在が続く。1

今回の「今日のコンセプト」で考えるのは自社の外へ顧客を送り出すことを、どう自社も選ばれる体験へ組み込むかだ。城崎温泉ではまちの機能を宿泊体験の一部として扱い、外湯券や案内で施設間をつないでいる。ただし、道に出る負担や、事業者ごとの責任まで消えるわけではない。

この事例から学べるのは、何もかも自社で持つ発想に代えて、顧客が一続きに受け取る体験を先に決め、誰が何を担うかを設計する方法である。これは公式の文言を踏まえた編集部の分析だ。コンセプトの言い換えだけでなく、券の条件、道路の使い方、次の公共施設の計画から、その中身を確かめる。

旅館の機能を、まちの中に割り当てる

城崎温泉の考え方は、単独の旅館が館内設備を充実させる設計と、サービスを提供する範囲が違う。泊まる場所、入浴する場所、買い物をする場所が別々でも、客の側では一つの旅としてつながる。まち全体を旅館に見立てると、それぞれの施設が滞在のどこを受け持つかを説明できる。

豊岡市の2024年の資料は客を旅館の中に囲い込まず、小さな商店も商売が成り立つという「共存共栄」の考えを、この言葉の背景に挙げている。市が説明する地域の方針であり、全商店の売上が増えたことを検証した数値ではない。1

まちの機能と宿泊体験のつながり
まちの要素宿泊体験で担う役割企画で確かめる接続点
駅まちへ入る入口到着後にどこへ向かうかが分かるか
通り施設をつなぐ移動空間休みながら、迷わず移動できるか
旅館泊まって休む場所外へ出る準備と案内を受けられるか
外湯宿の外にある入浴の場券、利用時間、休湯を把握できるか
商店滞在中の買い物の場宿から店へ立ち寄る理由があるか

表の役割は市の説明に基づき、右列はそこから導いた編集部の検討項目である。右列のすべてが解決済みだと示すものではない。

この発想が向き合うのは、泊まる部屋だけでは満たせない滞在の欲求だ。客は風呂へ行き、通りを歩き、店を選ぶ。一つの施設で全機能をそろえなくても、その行動がつながれば提供できる体験は広がる。反対に、近くに施設があるだけでは、客が安心して使える一つのサービスにはならない。

ブランド担当者にとっては競合や周辺の事業者を、すべて自社の利用時間を奪う存在と見るかどうかが分かれ目になる。城崎温泉の公式の考え方は宿の外で使える場所も含め、訪れたい滞在をつくる方向を示している。もっとも、個々の旅館・商店の利益が同じになるとは限らない。相互の取引や精算の仕組みまでは今回確認できておらず、協業を考える際には別に確かめる必要がある。

外湯券と浴衣で、施設のあいだをつなぐ

城崎温泉の旅館と外湯をつなぐ具体の一つが、宿泊客に渡す外湯券だ。たとえば旅館の三國屋はチェックインからチェックアウト後の13時まで使える券を用意し、その券があれば外湯の窓口で入浴代を払う必要がないと案内している。3

客の行動で考えると、宿で券を受け取り、行きたい外湯を選び、そこで券を使う。宿泊先と入浴先が別でも、最初の宿が次の施設を利用する入口を用意している。個別の施設紹介を並べるだけでなく、客が施設をまたぐときの手続きをつないでいる点が、この事例の具体的な工夫だ。

費用の伝え方も見たい。三國屋の同じFAQには入湯税・入浴料を宿泊料とは別に受け取ると記されている。窓口で都度払わないことと、滞在に関わる負担がすべてなくなることは違う。この案内を、全旅館で一律の料金や条件が適用される証拠として広げてはいけない。3

浴衣もまちへ出る行動に関わる。三國屋は宿泊客への浴衣の無料貸し出しを案内している。入浴先を宿の外に設けるだけでなく、出かけるための浴衣を宿で用意する。こうした準備と券が組み合わされると、施設をまたいでも滞在の続きを楽しむという約束を、客が実行する手順へ落とせる。3

ただし、券の期限と、各外湯の営業日・営業時間は別だ。小林屋は2024年10月の告知で、宿泊客向けパスポートの利用終了を、チェックアウト日の15時30分から13時へ変更すると案内した。昔の利用記録や紹介文をそのまま使うと、客が受け取る条件とずれうる。4

「まち全体が宿」という広い表現を支えるのはどこでもいつでも使えるという曖昧な期待ではない。券の種類、使える時間と場所を出発する宿と受け入れる施設の両方で分かるようにする仕事である。

「廊下」は、住民の生活道路でもある

城崎温泉の通りを廊下と呼んでも、建物の内部のように使えるわけではない。まちは観光客の滞在先であると同時に、住民が暮らし、商品を届け、働きに行く場所だ。客を外へ送り出すコンセプトは、その移動を受け止める公共空間の条件にも向き合うことになる。

桜の花びらが流れる城崎温泉の川に沿って建物が並び、写真右側には柵のある通りが延びている
2021年4月3日撮影。川と建物のあいだに通りが続く城崎温泉。2025年の社会実験時の写真ではない。 出典:FIND/47。 — 「城崎温泉の花筏」(© rikky_photography、CC BY 4.0)を縮小・WebP変換して掲載

豊岡市は2025年11月13〜16日の4日間、温泉街で交通社会実験を行った。時間帯に応じた車両通行規制と、ベンチやカウンターの設置に加え、郊外の臨時駐車場、循環バス、荷さばき場を用意した。歩く空間を広げる施策と、車で来る人や荷物を運ぶ人の代替手段を一緒に試している。5

市の実施報告には安全に歩けたという肯定的な意見に加え、循環バスを知らなかった、歩くのが難しいのに長い距離を歩いたという趣旨の声も載っている。バスを運行した事実だけでは、それを必要とする人が利用できたとは言い切れない。案内を知る時点や、乗り場までの移動も、体験の条件になる。5

何を測るかにもコンセプトの違いが出る。実験の検討・調査に関わった井桁由貴氏は、歩行速度や立ち止まり、軌跡などから、そぞろ歩きの状態を捉える指標を報告している。単に通行人数が増えたかだけでなく、どのように歩けたかを確かめようとしている。6

2026年3月公表のこの報告には2024年の事前観測も含まれ、2025年の実験との詳細な比較は整理中としていた。来訪者の声や観測の傾向をそのまま実験による売上増や長期の効果に置き換えることはできない。同氏は悪天候での運用や、継続的な財源・運営体制も課題に挙げている。6

歩いて回る体験を提案するなら、歩くのが難しい人、車で暮らす人、配送する人にも目を向ける必要がある。受益者だけを一枚のイメージに描いても、実際の運営は続かない。誰のどんな移動を支えるかまで考えることで、廊下という比喩を、道路の運用を選ぶ問いに変えられる。

次の施設にも、同じ役割の問いを持ち込む

城崎温泉のコンセプトは既存の風景を紹介するだけでなく、次の施設を何のためにつくるかにも使われている。豊岡市の「さとの湯」整備基本計画は駅前の立地を生かし、来訪者を迎え、まちへ送り出し、見送る場として、施設を「玄関ホール」と位置付けた。2

計画には温浴機能に加え、文学や麦わら細工を伝える機能、駅の待合スペースとしての機能が含まれる。同資料は旧施設が2024年3月末に休館した経緯を記しており、ここで確認できるのは整備の考え方である。新施設が完成し、狙い通りの効果を生んだという実績ではない。2

一方で、地域の言葉が共有されていても、運営の課題は残る。観光庁が掲載する2022年度の観光DX事例は、城崎温泉の観光消費や宿泊日数を課題に挙げ、宿泊データを地域で扱う仕組みづくりを報告している。「一つの旅館」という表現だけで、各宿の情報や業務まで一つになるわけではない。7

この事例を自社の企画へ移すなら、まず顧客が自社を出た後に続けたい行動を一つ選ぶ。その行動を別の事業者が担った方が、体験を豊かにできるかを考える。城崎の機能分担をそのまま借りるより、顧客にとっての一続きの範囲を見つけることが先になる。

次に、二つのサービスの接続点を一つ試す。予約や券が通じるか、利用条件をどちらで伝えるか、困ったときに誰が応じるかを、双方の担当者で確かめる。送客数だけでなく、客が迷った場所、追加の費用、相手側に増える作業も記録する。これは城崎温泉の成果を示す数値ではなく、本事例から考える検証方法である。

抽象的な方針を一文へまとめる段階では、ブランドコンセプトの役割と作り方が参考になる。一施設内で行動と利用条件を組み立てた別の事例は、図書館Oodiの記事で扱っている。城崎では、その範囲が異なる事業者と公共空間へ広がっている。

自社の外へ送り出すことが、自動的に自社の利益になるわけではない。城崎温泉には外湯を核にした滞在、歩ける範囲の集積、地域が調整してきた関係がある。応用できるのは、顧客の体験を先に描き、自社で持つ機能、他者へつなぐ機能、その間の支援を選び直す方法だ。その接続まで説明できるとき、コンセプトは連携先を並べる紹介文から、サービスをつくる判断基準へ進む。

Sources / 参考資料

1. 豊岡市:城崎温泉地区が「ひょうごユニバーサルな観光地」へ選出されました(2024年9月13日)
2. 豊岡市:城崎温泉交流センター(愛称:さとの湯)整備基本計画[概要版]
3. 三國屋:よくある質問(温泉について/浴衣について)
4. 小林屋:外湯の利用時間が変更になります(2024年10月1日)
5. 豊岡市:城崎温泉での安全・安心な「そぞろ歩き」の実現に向けた社会実験を実施しました(2025年12月9日更新)
6. 井桁由貴/経済調査会 経済調査研究所:ウォーカビリティを高めるまちづくり(経済調査研究レビューVol.38、2026年3月、pp.27–42)
7. 観光庁/豊岡観光DX推進協議会:「まち全体が一つの温泉旅館」のDX化実現事業(2022年度事業)