カバー写真:Vodafone Group・元画像。写真:Philip Mostert。メディア・編集用途の提供素材。2015年8月のナイロビで、サービス開始時の写真ではない。

携帯電話から家族へお金を送れても、受取人が生活に使えなければ、目的は果たせない。ケニアの携帯電話会社Safaricomが2007年に始めたM-PESA(エムペサ)は、携帯の残高を送る機能と、店で現金を入出金する仕組みを結び付けたサービスだ。1

今回の「今日のコンセプト」で考えるのは、一言で伝わる便利さを、どう提供体制へ落とすかだ。M-PESAの初期設計から学べるのは、顧客が目的を果たす最後の行動を先に決め、そのために必要な人・物・お金の準備を逆算する方法である。送信ボタンの先にいる受取人と、現金を渡す店までが検討の対象になる。

本稿は2007〜2010年のケニアを中心に、当時の調査報告を読む。現在のM-PESA全体の機能や手数料を案内するものではない。Vodafoneは2022年の発表で、2021年にSuper Appを導入したと説明しており、初期の仕組みと後年の拡張は分けて考える。1

「家族へ送る」を、受け取って使えるところまで考える

M-PESAの初期の訴求は2009年のGSMA報告によると「send money home」だった。故郷の家族へ送金する、という使い道が言葉の中心にある。携帯で実現できる機能を網羅するより、誰が何のために使うかを絞った説明だ。2

当時のCGAPの調査はナイロビのKiberaと西部のBukuraを追っている。都市で働く人が家族へ送り、農村側では受け取ったお金を店で引き出す。生活費の支援や学費などが用途に挙げられた。これは2008年11月までの14か月の現地調査による観察で、ケニア全土の利用者が同じ行動をしたという意味ではない。4

その場面で必要なのは、携帯上に数字が届くことに加え、家族が使える形でお金を受け取れることだ。初期のM-PESAはスマートフォンのアプリを前提にせず、携帯端末のメニューから利用できた。現金を受け渡す窓口は、地域の店などが担う代理店だった。1 2

Safaricomの緑色の台紙とSIMカード。2011年のM-PESA関連資料写真
SafaricomのSIMカードと台紙。2011年の資料写真であり、2007年の初期端末や現在の仕様を示すものではない。 — 写真:Bill Maurer/IMTFI・原掲載、Wikimedia Commons。CC BY-SA 2.0。内容の改変なし。

ここから編集部は初期のコンセプトを「離れた家族に、近くの店で現金として受け取れる送金を届ける」と要約する。これは公式のコンセプト文ではない。公式の短い訴求と、実際の利用工程を合わせて捉えた分析である。

2009年のGSMA報告は、従来の選択肢として、知人やバスの運転手に現金を託す方法などを挙げている。M-PESAでは、送金のために現金を持って長距離を移動する工程を、携帯の操作と地域の代理店に置き換えられた。ただし、入出金のために店へ行く手間や、取引の手数料まで消えたわけではない。2

店には、現金と電子残高の両方がいる

M-PESAの代理店は現金さえ持っていればよいわけではない。2010年のGSMA報告が説明するのは、現金と、取引に使う電子残高の二つを店が用意する仕組みだ。ここでいう店の電子残高は、顧客自身の残高とは別である。3

初期M-PESAの送金と現金化を支える条件
工程顧客の行動店に必要なもの
現金を入れる送金者が店に現金を渡す顧客へ移せる店の電子残高
携帯から送る送金者の残高を受取人へ移す現金の受け渡しはこの操作では生じない
現金を受け取る受取人が自分の残高を店へ移す受取人に手渡せる現金

表は当時の報告に基づく基本的な流れで、登録や手数料などの手順は省いている。送金者が持ってきた紙幣が、そのまま遠方の家族のもとへ運ばれるわけではない。送り手の側の店で現金を受け取り、受け手の側の店が手元の現金を渡す。3

入金が続く店では現金が増え、顧客に渡す電子残高が減る。引き出しが続く店ではその逆になる。片方が不足すれば、次の客を扱えない。そこで、銀行や代理店を支える管理会社を通じ、現金と電子残高の量を調整する仕事が生まれる。3

同報告には、Kisumu近郊で3店舗を持つGaudenciaが、補充のために店舗と管理会社を往復する例がある。顧客の携帯上では短い操作でも、その背後で人が移動し、資金と時間を使っていた。3

ただし、この報告の取引データはPEP Intermedius傘下の20店舗、2009年7〜12月が対象で、共同執筆者の一人は同社の共同創業者である。全国の店舗を代表する独立監査としては読めない。そこから確かめられるのは、便利な送金を提供するにも、店側の補充作業と資金が要るという具体的な条件だ。3

ブランド担当者なら、この作業を誰の予算と人員で続けるかまで問う必要がある。「身近な店で使える」と伝えるほど、その店が一件ずつ取引を扱える状態を保つ仕事も増える。利用場所の数と、そこで約束を果たせるかは、別々に確かめる項目になる。

同じ看板で見つけられても、同じように受け取れるとは限らない

M-PESAの店頭表示は現金を扱う運営と一緒に考えられていた。2009年のGSMA報告では、緑色のSafaricomの表示、代理店番号、料金表の掲示とともに、現金・電子残高が足りるかも訪問時の点検項目に挙がっている。2

SafaricomとM-PESA AGENTの看板が掲げられたナイロビの店舗。2015年撮影
Safaricomと「M-PESA AGENT」の表示が並ぶナイロビの店舗。2015年8月撮影。看板から実際の現金残高や取引品質は判断できない。 — 写真:Philip Mostert/Vodafone Group・元画像と提供条件。メディア・編集用途の提供素材。

顧客の行動で見ると、表示は窓口を探す手掛かりになり、料金表は支払う条件を確かめる材料になる。送金後のSMSには金額や相手、取引を識別する情報などが届く。見つける、条件を知る、処理を確かめるという別々の段階を、具体物で支えていたと読める。ただし、これら一つずつが信頼や売上に与えた効果を、この資料だけで測ることはできない。2

実際、CGAPの2009年の報告には、Bukuraの代理店で現金が不足し、一部の利用者が引き出すために都市まで行く事態も記されている。通信の混雑による処理や確認SMSの問題、問い合わせがつながりにくい問題もあった。携帯で送れることと、いつでも近くで受け取れることは一致していなかった。4

この不足はコンセプトを考えるうえでも見逃せない。店が現金を補充しなければ、移動の時間や費用を受取人が引き受けることになる。「簡単に使える」という表現を決める前に、何が欠けたら、誰の手間が戻ってくるのかを確かめたい。

自社なら「完了」をどこに置くか

M-PESAから応用できるのは、受取人が目的を果たすところまで工程を書き、その条件を提供者側へ戻して考える方法だ。一方、Safaricomが持っていた携帯電話事業の知名度や販売網は、この事例固有の条件である。当時のGSMA報告も既存事業の強さを普及の背景に挙げており、短い訴求や代理店の設計だけが成長を生んだとは断定できない。2

実務では、まず「誰が、何のために使い、何ができたら終わりか」を一文にする。その後で、その人の行動を順に書く。各工程に必要なもの、それを準備する担当者、準備が欠けたときに顧客が払う時間や費用を並べる。最後に、その負担をなくすか、条件として先に伝えるかを決める。

たとえば、これは架空の検討例だが、「予約したら安心して参加できる」というサービスを考えるなら、予約完了メールが終点なのか、会場で受付を通るところなのかで仕事が変わる。後者なら、主催者へ名簿が届くこと、受付が予約を確認できること、通信が使えない場合の対応までが候補になる。試作を確かめるときも、予約件数に加えて、受付で確認できなかった件数や、解決まで顧客を待たせた時間を見る。安心という言葉を、どの場面で確かめるかが具体化する。

コンセプトを社内の判断文へ落とす考え方は、ブランドコンセプトの基本で整理した。別の事業者へ顧客を引き渡す設計は、城崎温泉の「まち全体が一つの旅館」とも比較できる。ただし、M-PESAでは現金と電子残高という二つの準備が取引の条件になっており、案内や見た目をそろえるだけでは足りない。

初期のM-PESAの事例は短い言葉を選ぶ作業の先に、運営上の問いがあることを示している。受取人がどこで現金を手にし、店がその現金をどう用意するか。一言のコンセプトに対応するこの工程を書ければ、何をつくり、誰と組み、何を点検するかを具体的に検討できる。

Sources / 参考資料